「買ったほうが安い」という大量消費の罠。SDGsのグリーンウォッシュを暴き、足元のゴミを資源に変える技術の現在地。
皆さん、KERORO軍曹の「ケロッとマーチ」曲をご存じでしょうか?
「買ったほうが安いぜ、今日のおかず」というところがあります。
まさしく、今は消費社会です。
【アンチ・グリーンウォッシュ】(SDGsの欺瞞を突く)
全員がそうでもありませんが(これだけは付け加えておきます)、私自身がSDGs運動が「詐欺・デタラメ・偽善の仕組み」という位置づけでみています。
これは「Green Wash」という環境配慮を装ったアピールで多くの大企業がやっていることです。とくにCSR運動をアピールするために。
環境的に日本の江戸時代はほぼ完璧なSDGs社会でしたが、産業が発展し、上水道、下水道、社会インフラが整ってきて、消費社会に変化しました。
悪いことではありませんし、生活もとても豊になりました。
今の中近東を見ていただければ、どんな状態か想像がつきますよね。
「掘る」から「創る」へ

ペロブスカイト太陽電池の実用化や、大気中のCO2から合成燃料(e-fuel)を生成する技術など、次世代テクノロジーの話題には事欠かない。しかし、テクノロジーの最前線を追っている読者の皆様であれば、すでにお気づきではないだろうか。
社会実装のフェーズに入った途端、これらの多くが「グリーンウォッシュ(環境配慮を装ったアピール)」に陥るか、あるいは「買ったほうが安い」という圧倒的な大量消費社会のコスト構造の前に沈んでいくという現実に。
私たちは過去、AdBlueの不足やヘリウム枯渇の危機を技術で乗り越えてきた。しかし、中東情勢の緊迫化や特定国によるレアアースの独占を見るまでもなく、資源を「掘り出し、買い付ける」というマクロなサプライチェーンに依存し続ける限り、私たちの首根っこは常に地政学と巨大資本に握られている。
今、私たちが目を向けるべきは、国家レベルの巨大プロジェクトではない。既存のインフラや法規制という「見えない壁」を完全に無力化する、ゲリラ的でミクロな「資源創出」のパラダイムシフトだ。
自家消費すら許容しない「既存インフラ」の壁
日本の優れたエネルギー技術やリサイクル技術が、なぜ「死の谷」に落ちるのか。
過去、画期的なフライホイール発電や牛糞バイオマス発電のプロジェクトにおいて、寄せられた相談は「電気を売って儲けたい」というものではなかった。純粋に「自社で消費している多額の電力コストを削減したい」という切実なものだ。
しかし、ここに最大の壁が立ち塞がる。長年、産業界の動向や実装現場の最前線を追ってきた中で痛感するのは、既存のシステムが持つ排除の論理だ。既存の電力網から独立し、自前で大規模なエネルギーを創り出してコストを削減しようとする動きは、巨大電力会社の収益基盤を直接脅かす。結果として、独立型の自家消費事業には補助金が下りず、見えない規制の壁によって事実上排除されてしまう。「自分たちで創って、自分たちで使う」という当たり前の自給自足すら、現在のインフラシステムは許容しないのである。
茅ヶ崎発・NACKSのプラ油化技術が示す「オンデマンド変換」

これを突破する鍵は、「既存の枠組みでの流通や貯蔵を放棄すること」にある。
具体的な実例を挙げよう。地元・茅ヶ崎で活動するNACKSの中島社長が展開する、廃プラスチックの油化技術だ。分別不要であらゆるプラスチックを元の石油に戻すこの技術の真髄は、精製して広く「流通」させることではない。
農業用ハウスや温浴施設に小型プラントを直接併設し、地域の廃プラを油化して「一滴も貯蔵せずに、その場で即座に燃やして熱に変える」ことにある。石油貯蔵法などの厳しい法規制は、資源を貯蔵し、流通させる巨大インフラを前提としている。ならば、極小ループの中でオンデマンドに創り出し、即座に消費してしまえばいい。規制の網の目を潜り抜けるこの「マイクロプラント」の発想こそが、中東の動乱にも円安にも影響されない、真の自立インフラとなる。
太陽光パネルリサイクルのジレンマと欺瞞を破壊する「熱分離」

もう一つ、大きな壁となっているのが「リサイクルという名の環境汚染」だ。
現在、大量廃棄時代を迎えている太陽光パネルの処理において、水圧でシリコンや銅線を分離する従来の手法には致命的な欠陥がある。調査によって明らかになっているのは、パネルにはセレン、鉛、カドミウム、ヒ素などの有害物質が含まれていることが多く、水圧で分解する際にこれらが水に溶け出し、深刻な環境汚染を引き起こすという事実だ。
効率が悪く莫大な水資源を消費するだけでなく、有害な廃水を垂れ流す。結局「環境に配慮している」と謳いながら、コスト面でも「新品のパネルを海外から買ったほうが安い」という消費産業のロジックに負けてしまうのだ。
ここで注目すべきは、新見ソーラーカンパニー(PV REBORN協会)が提唱する「水を使わない熱処理分離技術」だ。水や劇薬も一切使わず、熱で綺麗に元の素子へと戻す。自己満足のグリーンウォッシュではなく、新品の地下資源を掘り起こすよりも「速く、安く、安全に」創り出す経済的優位性。これが伴わなければ、消費社会のロジックは決してひっくり返らない。
最終解:エネルギーの「即時データ変換」
オフグリッド戦略の究極系は、創り出したエネルギーの即時価値変換だ。
もし牛糞バイオマスや独立型発電で電気を生み出せたなら、単なる「電力代の削減」という枠組みすら超えてしまえばいい。その場にコンテナ型のデータセンターを置き、AIの学習処理や高度なレンダリングといった計算タスクに全振りするのだ。
エネルギーを「データ」という、国境も管轄も関係ない高付加価値な形態に変換し、光回線で世界へ出力する。これなら、国からの補助金に頼る必要も、電力網の顔色をうかがう必要もない。
堂々巡りを終わらせる時

「未来は明るい」という言葉を空論にしないためには、マクロな議論をやめることだ。
「誰が責任を取るのか」「前例はあるのか」といった修辞的な堂々巡りは、変革の芽を摘むための罠に過ぎない。必要なのは、AIが自律制御する極小の資源変換ノードを、地域のあちこちにゲリラ的に点在させること。誰の許可も要らず、誰にも支配されない分散型のネットワークこそが、次の変革で人類が必要とする「新しいインフラ」の形である。
「掘る」時代は終わる。私たちは今、足元のゴミとデータから、未来を「創り出す」フェーズに立っている。
編集後記
私がなぜこのような話題を取り上げたかというと、葬儀の現場では大量のドライアイスが必要とされています。
ドライアイスは石油精製時で排出されるCO2を抽出し、それを活用して作られています。
更に火葬場も電力が必要です。
今はほとんど重油で火葬する施設はなくなりましたが(これもまた石油!)電気の「炉」と風力で「火」を作っています。
もちろん、現在は「水火葬」=「アルカリ加水分解」で体を分解する(溶かす)技術もありますが、これは棺ごとできるんどえはなく、一度ご遺体を取り出して、更に衣類とかも残ってはいけないので「裸」にする必要があります。
そのような場では故人の尊厳を守ることが難しいです。

NFDAの葬儀社のイベントて展示
